Mizuho Asia Gateway Review 2016年2月号

~個人所得税計算における現物給与・各種手当の課税関係~

青山綜合会計事務所シンガポール
長縄順一 日本国公認会計士・税理士
成田武司 日本国税理士


はじめに

Mizuho Asia Gateway Review 2月号

旧正月を迎える頃になりますと、IR8A(いわゆる源泉徴収票)を会社から受領される方も多いのではないでしょうか。給与所得者は、会社から受け取ったIR8Aを基に各個人において、確定申告をすることになります。シンガポールにおいては、源泉徴収制度がなく、給与所得者のほぼ全ての人に確定申告が義務付けられています。日本において、多くの給与所得者は年末調整だけで完結し確定申告を要しませんが、シンガポールでは確定申告が必要となりますので注意が必要です。

個人所得税の計算期間は暦年となっており、その確定申告書の申告期限は4月15日(電子申告の場合には4月18日)とされています。本稿では、確定申告時に誤りやすい論点して、日本とシンガポール両国の制度上で差異がある現物給与や各種手当を受けた場合の給与所得者の課税関係を中心に解説します。

個人所得税の課税対象所得

シンガポールにおいて課税対象となる所得は、シンガポールで生じた所得又は稼得された所得、すなわちシンガポール源泉所得とされています。個人の課税所得の計算上、国外源泉所得を全額非課税としているという点に日本との差異がみられます。例えば、給与所得者の場合の課税対象所得は、給与、賞与、残業手当、その他の手当、現物給与等があります。仮に、給与や賞与を日本の会社から支給されていたとしても、シンガポール国内で勤務したことに対する対価(シンガポール国内源泉所得)である場合にはシンガポールにおいて課税対象所得となります。
一方、国外源泉所得の例としては、日本にある持家を賃貸していることによって生じる家賃収入等が挙げられます。日本の不動産から生じる収入はシンガポールにおいて国外源泉所得とされ、シンガポールにおいては課税されません。
では、どのような手当や現物給与がシンガポール国内源泉所得となり、課税対象とされるかを主たる項目を挙げながら確認します。

住宅手当及び借上社宅

住宅家賃の課税所得の計算方法は賃貸借契約の契約主や、家賃の支払い方法によって異なってきます。

  1. 住宅手当支給

    従業員の住宅について、個人と家主が直接契約し、会社が住宅手当を個人に支払っている場合にはその住宅手当全額が課税所得となります。この点においては、日本と同様の取り扱いとなります。

  2. 借上社宅

    一方、従業員の住宅について、会社と家主が直接契約し、会社から家主に家賃の支払いが行われている場合には、IRASが公表している固定資産の評価である年次価値(Annual Value)又は家賃支払額のいずれか低い方が課税所得となります。なお、借上社宅の場合で、家具付き住宅を支給している場合には、年次価値の50%(すべての家具付き)又は40%(一部の家具付き)を加算する必要があります。

車両支給

会社から乗用車を支給されている場合には、私用相当分に対して課税されることになります。社用車かリース車かによって計算方法は異なりますが、私用走行距離を個人において記録しておく必要があります。その他、ドライバーを会社で雇用している場合には一定の計算方法により課税所得を算出します。

  • 社用車

    社用車(新車)の場合には下記の計算式により計算した金額が課税所得となります。
    3/7 × 車両購入価格-残存価格/10 + S$0.45/km × 私用走行距離
    ガソリン代の負担が個人負担の場合にはS$0.45を、その負担が会社負担の場合にはS$0.55を用いてそれぞれ計算します。
  • リース車

    リース車の場合には下記の計算式により計算した金が課税所得となります。
    3/7 × 年間リース料総額 + S$0.1/km × 私用走行距離
    なお、ガソリン代の負担が個人負担の場合には、「S$0.1/km × 私用走行距離」を加算する必用はありません。

通勤費

日本では通勤費は非課税とされていますが、シンガポールでは通勤手当の支給であっても、実費精算であっても課税所得として取り扱われます。自宅から会社までの交通費(通勤費)が課税される一方、業務上の営業交通費については課税されません。

社会保険料

従業員に対して、日本法人から給与支給が行われている場合には、日本法人は社会保険の支払いが生じます。社会保険には、会社負担分及び個人負担分がありますが、日本では非課税とされている会社負担分についても、シンガポールでは課税所得に含めて計算する必要があります。ただし、次の要件を満たす場合には、日本法人の会社負担分の社会保険料は課税されません。

  • 政府によって運営されている社会保険に対する拠出である場合
  • 日本法人が拠出金を支払うことが強制されている場合
  • シンガポール法人又は支店がこの負担を負わない場合

なお、401Kや厚生年金基金等は私的年金であり、政府運営の社会保険に該当しないため、会社負担分についても課税されることになります。

一時帰国費用

従業員及びその家族が一時帰国のために会社が負担した旅費については、その実額費用の20%相当額が課税所得となります。ただし、本人及び配偶者については年1回、その子供については年2回までこの取り扱いが適用されます。この取り扱いは駐在員に限定されており、シンガポール国籍及びシンガポール永住権保有者はこの規定の適用を受けることはできません。

その他の手当等

子供の教育費、私用の携帯電話料金又はメイドの費用等を会社が負担する場合には、課税所得として申告することになります。

おわりに

日本とシンガポールでは、課税所得の計算方法が異なる現物給与や各種手当があります。特に、日本では、非課税とされる手当であっても、シンガポールでは課税所得となってしまう手当が存在します。予期せぬ課税を防ぐためにも予め専門家にご相談されることが望まれます。




長縄 順一

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士・税理士

慶應義塾大学経済学部卒。1998 年監査会社トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001 年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012 年より青山綜合会計事務所シンガポールの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。

成田 武司

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国税理士

明治大学経営学部卒。2005 年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011 年より青山綜合会計事務所に入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013 年より青山綜合会計事務所シンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。