Mizuho Asia Gateway Review 2015年5月号

「シンガポール国外に出張する駐在員に対する優遇税制」

2015年05月

みずほ銀行発行のMizuho Asia Gateway Review 2015年5月号に青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一、成田武司の寄稿記事が掲載されました。

「シンガポール国外に出張する駐在員に対する優遇税制」

青山綜合会計事務所シンガポール
長縄順一 日本国公認会計士・税理士
成田武司 日本国税理士


はじめに

Mizuho Asia Gateway Review 5月号

東南アジアにおける日系企業の経済活動が拡大しているなか、高いハブ機能を有するシンガポールの重要性が今後も高まっていくと考えられ、こういった中、シンガポールを東南アジアの活動拠点として利用する日系企業は多いと思われます。シンガポールではこのような近隣諸国への展開をサポートをするためシンガポール政府は様々な優遇税制を用意しています。

シンガポールへの進出形態としては法人、支店、駐在員事務所があり、新しくシンガポールに赴任された方の中にはシンガポール以外の国へ出張に頻繁に行かれる方もたくさんいらっしゃると思われます。本稿では、シンガポール国外で事業活動を行うことが多い法人又は支店の駐在員個人向けの優遇税制や、シンガポール国外で情報収集等を行う駐在員事務所の駐在員個人向けの優遇税制を取り上げて、その制度の概要を解説します。



シンガポール居住者の課税の概要

暦年のシンガポールの滞在日数が182日以下の場合には非居住者とされ、シンガポールの滞在日数が183日以上の場合には居住者とされます。なお、特定の暦年において滞在日数が182日以下としても、翌年以降もシンガポールに滞在し、その合計が183日以上となる場合には、その年においても居住者の税率が適用されます。居住者とされた場合には、最高税率を22%とする居住者に適用される超過累進税率で課税されます。


Not Ordinary Resident(NOR)スキーム

シンガポール国外への出張が多い法人や支店の駐在員のための優遇税制としてNORスキームがあります。NORスキームを適用することにより通常より個人所得税を節税することができる場合があります。適用を検討するべき個人はシンガポールに居住しており、シンガポール国外に出張することが多い駐在員となります。NORとして認定されるための主な要件は次の通りです。
  • NORスキームを最初に認定される年度の直前3年間はシンガポールでの税務上の居住者でないこと
  • NORスキームの認定を希望している賦課年度において、税務上の居住者であること
  • シンガポール国籍又は永住権保有者ではないこと
  • 所得がSGD160,000以上であること
  • ビジネス目的で年間90日以上シンガポール国外に滞在すること


NORの優遇措置

NORとして認定されると、シンガポール駐在開始後5年間、次の優遇税制の適用を受けることが可能です。
  1. 勤務日数による所得の配分 ORの要件を満たす場合には、勤務日数による所得の配分計算を行うことができます。つまり、給与所得のうち、シンガポール勤務日数に応じた分のみが課税所得となります。課税所得は次の算式により計算します。

    (365日 - シンガポール国外滞在日数年間合計 / 365日) × 全給与所得 = 課税所得
    ただし、上記に基づいて計算された税額が全給与所得の10%以下である場合、全給与所得の10%が所得税額となります。例えば、全給与所得がSGD180,000で、勤務日数による所得配分により計算された税額がSGD18,000 未満の場合には、課税所得額はSGD18,000となります。

  2. シンガポール国外の年金制度の会社負担分についての免税

    通常、シンガポール国外の年金制度の会社負担分や年金基金等についてはシンガポールで課税対象の所得とされます。NORとして認定されると、一定の上限のもとで会社負担分について免税となります。その上限金額は所得をもとに計算したCPF掛金と同額とされています。



地域駐在員(Area Representative)スキーム

シンガポールの駐在員事務所の駐在員がシンガポール国外で市場調査活動等を行った場合には個人所得税の特例の適用を受けることが可能です。これは、シンガポール国外での活動期間に対応する給料等は、シンガポールで発生・稼得した所得とはみなされず、国外源泉所得と判断されることになります。この特例計算の適用を受けるためには下記の条件を満たすことが必要となります。なお、地域駐在員としての計算に基づいた申告書を提出すると、課税当局より、業務内容、給与、国外にいた期間などの詳細な説明を求められることになるので課税当局への説明のための準備が必要となります。
  • 駐在員は非居住者によって雇用され、シンガポール国外の様々な地域に出張すること。
  • 駐在員の国外活動に対応する給与等の経費がシンガポールの恒久的施設(支店等)に付け替えられていないこと。
  • 文書化された雇用契約において、その調査活動等を規定しておくこと。


地域駐在員スキームの課税所得の計算

次のいずれか多い金額がシンガポールでの課税所得になります。
  • 国内源泉所得

    (シンガポール滞在日数年間合計 / 365日) × 給
    なお、滞在日数の計算は、1日の一部でもシンガポールに滞在した場合1日とカウントします。例えば、1泊2日の出張をした場合、シンガポール滞在日数は2日とカウントされ、海外の滞在日数はありません。

  • シンガポールで受領した給与等の所得

    そのため、シンガポールに給与を送金する時には、上記の国内源泉所得の金額以下に抑えることによりトータルの税負担が少なくなります。実務的には給与全額を日本で支払い、シンガポールでの必要額のみを日本から送金することにより節税になります。



おわりに

NORスキーム及び地域駐在員スキームは両者とも一定日数、シンガポール国外での業務を行うことにより、メリットを受けることができる税制です。シンガポールにはこのような各種の優遇税制が存在し、その適用を受けるためには積極的に自らその適用を受けるために申請等が必要になるケースがあります。その申請を行わなかったために優遇税制の適用を受けられないことにならないよう情報収集を行い事前準備することが望まれます。




長縄 順一

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士・税理士

慶應義塾大学経済学部卒。1998 年監査会社トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001 年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012 年より青山綜合会計事務所シンガポールの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。

成田 武司

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国税理士

明治大学経営学部卒。2005 年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011 年より青山綜合会計事務所に入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013 年より青山綜合会計事務所シンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。