シンガポール法人が代理人を通じて日本で事業を行う場合の留意点
シンガポール法人が代理人を通じて日本で事業を行う場合の留意点
Aoyama Sogo Accounting Office Singapore
長縄順一 日本国公認会計士・税理士
成田武司 日本国税理士
はじめに
新規市場への参入、既存市場での売上拡大、多国籍化による経営合理化の下での利益の最大化などを目的として、日本企業の海外進出が盛んに行われています。一方で、海外進出を行った日本企業が日本でのビジネスを行うことも珍しくありません。外国法人が日本でビジネスを行う場合には、日本での課税関係を検討することが重要な税務論点となります。例えば、シンガポール法人が支店を日本に設置し、その支店において日本で事業を行った場合、その支店は日本で課税されることになります。シンガポール法人が支店を設置しない場合であっても、代理人を通じて日本で事業を行う場合には、ケースによって日本での法人税課税の対象となります。本稿では、シンガポール法人が代理人を通じて日本において事業を行った場合に、日本における納税義務の有無を中心として解説します。
恒久的施設
恒久的施設とは支店、出張所、建設現場その他一定の場所を指し、具体的には法人税法141条において3種類に区分されています。なお、恒久的施設とは英語で「Permanent Establishment」を訳したもので実務上はPE(ピーイー)と呼ばれています。外国法人が次の1号PEから3号PEに該当する場合には、当該外国法人が稼得した事業の所得は法人税課税の対象となります。なお、日本国内に恒久的施設を有するかどうかを判定するに当たっては、形式的に行うのではなく機能的な側面を重視して判定することになります。- 1号PE
支店、出張所、事業所、事務所、工場、倉庫業者の倉庫、鉱山・採石場等天然資源を採取する場所をいい、資産を購入したり、保管したりする用途のみに使われる場所は含みません。
- 2号PE
建設、据付け、組立て等の建設作業等のための役務の提供で、1年を超えて行うものをいいます。
- 3号PE
非居住者のためにその事業に関し契約を結ぶ権限のある者で、常にその権限を行使する者や在庫商品を保有しその出入庫管理を代理で行う者、あるいは注文を受けるための代理人等をいいます。企業が1号PE又は2号PEを有さない場合であっても、代理人を通じて事業活動を行う場合には、あたかも自身で支店を設置するのと同じ効果が得られるという事実関係に着目し、代理人PEを支店等と同様に扱います。ただし、独立代理人のように、その代理人が企業に従属するのではなく、代理商としての実態を備えた者である場合には課税されません。すなわち、独立代理人とは、問屋、仲立人等、独立の資格を有し、代理行為を通常の事業活動として行う者をいい、企業は代理人PEを有しているとはみなされないことになります。
ここで3号PEについて、実務上の示唆を与える最近の裁決事例を紹介します。
裁決事例(平成25年11月5日裁決)
- 事案の概要
- 香港で設立された外国法人である請求人は、香港で仕入れたサプリメント、ブランド化粧品、ブランド雑貨などの各種商品のカタログを作成し、これを日本国内の消費者に頒布した上で、電話、はがき、ファックス等で商品の購入注文を受け、受注した商品を香港から発送し、日本国内の発注者に納品する形態の商品販売事業を行っている。
- 請求人は平成17年6月15日、N社との間で商品販売事業に関し、日本国内の顧客からの個人の輸入購入申込書などを委託することを内容とする業務委託契約を締結しました。
- N社は営業、販売、受注の請負、顧客対応業務等を目的として平成17年5月に設立された内国法人です。
- 請求人は請求人のために契約を締結するための注文の取得等の行為のうちの重要な部分を行うN社を国内に置いているから、当該所得の金額は法人税の課税標準とされる国内源泉所得に係る所得の金額に当たるとして法人税の決定処分等を行ったのに対し、請求人が、原処分の全部の取消しを求めました。
- 判決の要旨
N社が行う注文受付業務は、本件事業に関し契約締結のために必要不可欠な行為であるから「重要な部分」に該当すると認められ、また、当該N社に対し同様の業務を委託していた請求人以外の法人は請求人の兄弟会社であり、「一の外国法人」に含まれる「その外国法人と特殊の関係のある者」であると認められるから、当該N社は注文取得代理人に該当する一方で、独立代理人の該当要件である法的独立性、経済的独立性及び通常業務性をいずれも満たしていないため、独立代理人には該当しない。したがって、請求人は、国内に代理人等を置く外国法人に該当するとされました。
本裁決から考える独立代理人
本裁決では、代理人PEについて法的独立性及び経済的独立性並びに通常業務性を満たしていないとして、PE認定を行いました。反対に、代理人が企業に従属するのではなく、代理商としての実態を備えた者である場合には課税されないことになり、法的独立性及び経済的独立性並びに通常業務性の3要件の充足が重要となってきます。 3要件を満たした独立代理人であれば、外国法人は日本においてPEが存在しないことになり、法人税の納税義務はありません。法的独立性とは外国法人からの詳細な指示又は包括的管理を受けていないこと、経済的独立性とは企業家としてのリスクを代理人自身が負担していること、通常業務性とは代理人が行う独立の代理人としての取引において慣習的に行われる事業活動かどうかを検証することをいいます。
おわりに
国際課税では、「PEなければ課税無し。」という原則があり、恒久的施設がない場合には原則として事業所得について課税しないというルールがあります。しかし、シンガポール法人が日本で一定の事務を行う代理人、事務委託先がある場合、その事務内容やシンガポール法人との支配従属関係によっては、日本でのPE認定に伴い予期せぬ課税が発生する可能性がありますので十分検討することが望まれます。長縄 順一
Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.日本国公認会計士・税理士
慶應義塾大学経済学部卒。1998年監査法人トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012年よりAoyama Sogo Accounting Office Singaporeの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。
成田 武司
Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.日本国税理士
明治大学経営学部卒。2005年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011年より青山綜合会計事務所に入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013年よりAoyama Sogo Accounting Office Singaporeにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。