Mizuho Asia Gateway Review 2017年5月号

シンガポール移転価格税制

~移転価格文書の要件について~

※ 無断転載を禁じます

青山綜合会計事務所シンガポール
日本国公認会計士・税理士 長縄順一
日本国公認会計士 浦野伸吾


はじめに

Mizuho Asia Gateway Review 2月号  シンガポール内国歳入庁(IRAS)は、2017年1月12日にシンガポール移転価格税制のe-Tax guideの改訂版(第4版)を公表しました。IRASは基本的にOECDの発行する移転価格ガイドライン(Transfer PricingGuidelines for Multinational Enterprises and TaxAdministrations)をフォローしており、今回の改訂では、独立企業間原則やリスク機能分析に関するガイダンスの拡充、移転価格文書に含めるべき情報の追加、相互協議(MAP)、事前確認(APA)制度の改訂、関連者間金銭消費貸借取引に係る指針スプレッドの導入が盛り込まれています。本稿では、移転価格文書に含めるべき情報の重要な点について解説します。今回の改訂と、2016年10月10日にIRASより公表されたシンガポール多国籍企業を対象とする国別報告書(Country-by-Country Reporting、CbCR)に関する詳細なガイドラインにより、シンガポールの移転価格文書実務もOECDの提案する三層構造から成る移転価格文書とほぼ同等のものが要求されることとなりました。三層構造とは、すなわち、マスターファイル、ローカルファイル、CbCRの3つです。

マスターファイル

 マスターファイルとは、多国籍企業グループの組織・財務・事業の概要等、多国籍企業グループの活動の全体像に関する情報を掲載します。たとえば、当該グループの組織図、グループの事業に関する概要が該当しますが、事業別や地域別の情報、競合他社に関する情報、業界を取り巻く経済環境、グループの行う各事業のビジネスモデルに関する記述等を含みます。また、グループの財務諸表も掲載します。シンガポール移転価格税制のe-Tax guide上は、Group Levelの情報として整理されています。

ローカルファイル

 ローカルファイルとは、関連者間取引における独立企業間価格を算定するための詳細な情報を掲載します。シンガポールにおいては、シンガポール企業の行う事業内容、関連者間取引に関する情報を記載することとなります。具体的には、シンガポール企業の組織図、経営戦略、主要な競合他社、主要な関連者間取引の詳細・取引背景、リスク機能分析、移転価格算定根拠が該当します。シンガポール移転価格税制のe-Tax guide上は、Entity Levelの情報として整理されています。

CbCR

 CbCRは、多国籍企業グループの各国別の所得、納税額の配分等、多国籍企業グループ内の移転価格リスクの存在の有無を明らかにするために導入されました。CbCRでは、グループ内の企業について、所在国毎の総収入・所得・税額・資本金等の財務情報、従業員数、有形資産金額、事業内容を記載した一覧を表として開示することが求められます。

 シンガポールの移転価格文書化の実務上、当該CbCRは、移転価格文書の追補書類として、移転価格文書とは別のフォーマットで提出することになります。なお、CbCRは、シンガポール居住法人である多国籍企業グループの最上位親会社で、関連する会計年度の前年度の連結売上高が11億2,500万シンガポールドル以上で、かつ、少なくとも1カ国以上の海外事業を行っている場合に、提出が求められます。従って、日本企業のシンガポール子会社はCbCRの提出対象外となります。

移転価格文書の作成の免除要件

 IRASは移転価格文書作成に以下の通り、免除要件を設定しています。関連者間取引が、これらの免除要件に該当する場合は、移転価格文書の作成は必ずしも要求されません。
  1. シンガポール国内の関連者との取引(金銭 消費貸借取引を除く)で、当該取引につき両 者ともに同じ税率が適用される場合
  2. シンガポール国内の関連者間の金銭消費貸 借取引で、貸手が資金の貸借を業として行っ ていない場合
  3. 関連者間におけるroutine serviceに関し、コス トに5%のマークアップを適用する場合
  4. 関連者間の金銭消費貸借取引における金利 に、指針スプレッドが適用される場合
  5. 関連者間取引がAPAに基づく合意の対象で あり、納税者が当該合意に基づき関連文書 を適切に保管し、かつ、合意時の主要な前提 が有効である場合
  6. 上記以外の関連者間取引において、関連会 計年度における取引金額が下記に示される 金額を超えない場合
    1. 関連者からの仕入 : S$15 million
    2. 関連者への売上 : S15 million
    3. 関連者からの借入 : S$15 million
    4. 関連者への貸付 : S15 million
    5. その他の関連者間取引 : カテゴリー毎 に S$1 million

 ここで、3におけるroutine serviceとは、グループの主要な事業をサポートすることに関連する活動であり、会計や法務、一般事務に関する業務等が該当します。また、6 5. におけるカテゴリーの例示として、役務提供に係る収入または費用、ロイヤリティーに係る収入または費用、レンタルに係る収入または費用、保証に係る収入または費用が挙げられています。

 なお、移転価格文書の作成が免除される要件を満たしたとしても、それ自体は文書化が免除されているだけであり、移転価格税制の対象外となっていることを意味しているわけではありません。IRASの税務調査においては移転価格税制の対象となる関係会社間の取引に関する事項が対象となるケースが増加しており、移転価格文書が必要とされていない場合でも、関連者間の取引を行うにあたっては移転価格ポリシーを設定・整理することが望まれます。

法人税申告時における関連者間取引の開示

 IRASより公表された2016年10月24日付けのレター「Reporting of Related Party Transactions」により、移転価格文書とは別に、関連者間取引を報告するフォームが導入されます。この制度により、査定年度2018年から、原則として全てのシンガポール居住法人は、Form C(いわゆる確定申告書)の提出時に、関連者間取引報告のフォームをあわせて提出することが求められます。当該フォームにおいても作成の要否を決める金額基準が定められており、損益計算書上で報告される関連者間取引の残高合計( ただし、Keymanagement personnelへ支払われる報酬と配当金は除く)と貸借対照表上の関連者に対するローンと非営業債権債務の年度末残高合計の総和がS$15 millionを超える場合はフォームの作成及び提出が求められます。このフォームでは、関連者間取引について、各取引カテゴリー毎に金額の開示が求められます。また、複数の外国関連者と取引を行っている場合は、取引金額上位5社をリストアップすることになっています。

おわりに

 移転価格の文書化の目的は、納税者が、関連者間取引において適切な価格や取引条件を決定し、税務申告において適切な申告をするために、移転価格を十分に検討することを確保すること、また、税務当局に対して、移転価格のリスク評価または調査を適切に行うための情報を提供することにあります。移転価格調査において、企業が事前の準備なしに資料を提出することは、調査が会社の不利な方向へ向かうリスクを高めます。海外進出企業にとり、日本とシンガポール両国での移転価格課税リスクを把握し、自主的に対策を行うことが求められています。



Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士・税理士

長縄 順一

慶應義塾大学経済学部卒。1998年監査会社トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012年より青山綜合会計事務所シンガポールの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士

浦野 伸吾

関西学院大学商学部卒。2008年にあずさ監査法人に入所し、多様な業種の国内企業の監査業務に従事した後、2015年にオランダ ロッテルダムのエラスムス大学へ留学しMBA(経営学修士)を取得、2016年より青山綜合会計事務所シンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。


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