Mizuho Asia Gateway Review 2013年5月号

企業オーナーによる日本法人株式のシンガポール法人への移転

~株式の譲渡に関する租税条約上の取扱~

※ 無断転載を禁じます

2013年5月

みずほコーポレート銀行発行のMizuho Asia Gateway Review 5月号に青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一の寄稿記事が掲載されました。

企業オーナーによる日本法人株式のシンガポール法人への移転

~株式の譲渡に関する租税条約上の取扱~

青山綜合会計事務所シンガポール
長縄順一 日本国公認会計士・税理士


はじめに

Mizuho Asia Gateway Review 5月号

昨今、シンガポールに進出する形態として、日本法人によるシンガポール子会社設立という形のみならず、オーナー(及びその家族)自らがシンガポールに移住し、シンガポール法人を持株会社ないしは統轄会社として位置づけて日本の法人をシンガポール法人の子会社とする組織再編を検討するケースが散見されます。

この組織再編においては幾つかの手法が考えられますが、本稿ではオーナー個人が税制上日本の非居住者になった上で、保有する株式をシンガポール法人に譲渡する場合の日本-シンガポール間の租税条約について解説します。


租税条約上の取扱

日本・シンガポール租税条約第13条の「譲渡所得」の項において法人の株式の譲渡については以下の様に規定されています。こちらの規定される株式は「事業譲渡類似株式」と言われています。

第13条(譲渡収益)

(b) 一方の締約国の居住者が他方の締約国の居住者である法人の株式の譲渡によって取得する収益に対しては、次のことを条件として、当該他方の締約国において租税を課することができる。

  1. 当該譲渡者が保有し又は所有する株式(当該譲渡者の特殊関係者が保有し又は所有する株式で当該譲渡者が保有し又は所有するものと合算されるものを含む。)の数が、当該課税年度中又は当該賦課年度に関わる基準期間中のいかなる時点においても当該法人の株式の総数の少なくとも25パーセントであること。
  2. 当該譲渡者及びその特殊関係者が当該課税年度中又は当該賦課年度に係る基準期間中に譲渡した株式の総数が、当該法人の株式の総数のすくなくとも5パーセントであること。

すなわちシンガポール居住者であるオーナー個人が国内の法人の株式を年間通じて25パーセント以上保有しており、その株式を発行総数の5パーセント以上譲渡した場合に生じるオーナー個人の譲渡収益は日本で課税されることになります。なお、オーナー個人が税務上日本の非居住者である場合は、譲渡所得に対して20.42パーセント(金融商品取引業者を通じた上場株式等の譲渡を除く。税率に復興特別所得税含む。)の申告分離課税が行われて課税が完結します。

また「譲渡」は株式の所有権が移転すること全般を指すと考えられますので、シンガポール法人にオーナー個人が日本法人の株式を現物出資する場合も含まれます。


また不動産会社のような日本の法人の主要な財産が不動産である法人については事業譲渡類似株式とは別に、下記のように規定されています。こちらの株式は「不動産化体株式」と言われています(なお、総資産の過半を不動産が占める法人が不動産化体株式に該当します)。

第13条(譲渡収益)

一方の締結国内に存在する不動産を主要な財産とする法人の株式(公認の株式取引所において通常取引されるものを除く。)又は一方の締約国内に存在する不動産を主要な財産とする組合、信託若しくは遺産の持分の譲渡から生ずる収益に対しては、当該一方の締約国において租税を課すことができる。

すなわち、通常の会社であれば株式総数の5パーセント未満の譲渡であれば(ただし25パーセント以上の株式を保有している場合)日本で課税されないのに比較して、不動産を主要な財産とする法人の株式は、株式の保有割合にかかわらず、その譲渡した株式から生ずる譲渡所得が日本で課税されることになります。このため不動産事業を行うオーナーは特に留意が必要になります。


タックスプランニングを行う上での検討事項

  1. 事業譲渡類似株式の場合

    事業譲渡類似株式をシンガポール法人に移転する場合、株式総数に対して5パーセント未満の譲渡に関する非課税枠を有効活用することが考えられます。
    しかし、この方法のみを用いて株式移転を行う場合は実行期間が長期にわたるので、シンガポール及び日本での事業計画、想定株価、生計を一つにする親族のライフプラン、相続・贈与のタイミングなど幅広い視野からの検討が必要になります。このため、事業計画上、税務上の株価が下がるタイミングがあり、納税資金が確保されるのであれば相当程度の株式移動を株式譲渡にて行うことも視野に入れつつプランニングすることが望まれます。

  2. 不動産化体株式の場合

    不動産化体株式の場合は株式移転をした場合(かつ、譲渡収益がでる場合)は課税となり、また、一般的に税務上の株価も事業譲渡類似株式に比較して高くなる傾向があります。このため日本国内の組織再編や事業内容、資産内容の見直しを行い、不動産化体株式から事業譲渡類似株式への変換が可能かどうか検討することが重要なポイントとなります。


参考:日本・香港租税条約との比較

日本・香港租税条約にも同様に事業譲渡類似株式、不動産化体株式の規定が存在しますが、事業譲渡類似株式の規定についてはシンガポールと異なり、保有株式の持分割合、譲渡株式の譲渡割合に係わらず日本では課税が行われません(日本・香港租条約13条6項)。

この点を鑑みるとシンガポールと香港で比較した場合に香港が有利と考えられますが、日本・香港租税条約26条(減免の制限)において租税条約の特典を受けることをその設定また移転の主たる目的とする場合は、その所得について減免が与えられないことが規定されています。従って単純に税額を減らすためだけの香港移住では租税条約上の特典を得ることは難しいと言えます。


おわりに

非居住者である個人の企業オーナーが、保有する日本法人の株式をシンガポール法人に移すことは幾つかの点で税務メリットが生じますが、シンガポールないしは香港のいずれにしても税務面のメリットを一番に考えるのではなく、長くその地に居住する目的を、事業の将来や家族のライフプラン等広い観点から検討して見いだすことが重要です。そしてこれらのプロセスが結果的に無用な税務トラブルを避ける最良の方法になるでしょう。


長縄 順一

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd..
公認会計士・税理士

慶應義塾大学経済学部卒。1998 年監査法人トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001 年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012 年より青山綜合会計事務所シンガポールオフィスの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務を担当。


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